Coi
クア
【筆もたつシェフの新プロジェクト】
もうかれこれ10年ほど前になるでしょうか。サンフランシスコのピラミッドビル(トランスアメリカ・ビル)の近くに、
「エリザベス・ダニエル」という素敵なレストランがありました。ソノマで一躍名をあげたご夫妻が、サンフランシスコに
進出、大人っぽい落ち着いたインテリアと、奥まったオープン・キッチンがクールな店をオープンさせたのです。
しばらくは「予約が取りにくい」レストランとして人気があったのですが、ご夫婦が離婚されたあたりから様子が
おかしくなり、とうとう閉店。その後、ご主人の方は「Frisson」という近未来的インテリアの店でエグゼクティブ・シェフをされていたり、
ニューヨーク・タイムスに「カリフォルニアのレストランは、何かにおいてほとんどが、シェ・パニーズの物真似であるように感じる」と
いった内容のエッセイを執筆、物議を醸しました。
そのシェフ、Daniel Patterson氏が2006年春に開けたお店が、今回ご紹介する「Coi」です。
「Coi」という店名を見て、「コイ」と読み、いわゆるジャパニーズ・フュージョンの店なのだろうと思いこんでいる方もちらほら
おられるようですが、これはフランス語で、「クワ」と発音いたします。古語であるそうで、今ではほとんど使われていない言葉、
意味は、「tranquil
or quiet」、つまり「静謐」と言ってしまってよろしいかと思います。
「エリザベス・ダニエル」の時もそうでしたが、決してお安くない店なので、そうそう気軽に行くこともできず、今年になってやっと
バースデー・ディナーをここでと主人にお願いして、訪れることになりました。
【静謐という名のスペース】
「クワ」の素敵なポイントは、店に入ってすぐがラウンジになっていることで、メインダイニングよりもぐっとお安く
シェフの料理を頂くことができること。ただし、店名に「静謐」と来るぐらいだから、酔っ払って大騒ぎできる雰囲気
ではありません。あくまで、静か〜に、ゆる〜りと時を過ごしていただきたい所です。
メイン・ダイニングとラウンジは、壁で仕切られていますが、ポツポツとしつられられた小窓は、和紙のようなもので
覆われているだけですので、ラウンジで大騒ぎすると、もろにその喧騒がダイニング・ルームに響き渡ります。
そのダイニング・ルームは、全部で30席ほどでしょうか、非常にこじんまりとした空間で、外の光が入ってくるような窓は
一切なし。夏時間で外はまだ明るいのに、ここに入るとまさに別世界。
サンフランシスコ・クロニクル紙のレストラン批評家、マイケル・バウアー氏が「モダンな日本の茶室にいるかのようだ」と表現
していましたが、まさにそんな感じです。大変、sereneでsoothing。
いかんせん、あまりに店内がホノ暗く、メニューを手にしても老眼がキてしまった私には判読不可能。
営業時間開始直後の一番乗り客であったことをコレ幸いに、「すみませんが、メニューが読めないのでペンライトの
ようなもの貸していただけませんか?」とリクエスト。
そしたら写真のような、クールな携帯ライトを持ってきてくださいました。
(観察していたら、これをリクエストしたのは私だけでした。みなさん、よく読めるなあ・・・と感心)
メニューはフィックスの11コース($115)か、その中から選択しての4コース($85)。
メインとなるコースには、ベジタリアン用の選択肢もあり。自動的に、18%のサービス・チャージがつきます。
コース内容は、ほぼ毎日、ちょこちょこと変わります。
可能な限り、オーガニック農法、サステイナブル農法で栽培された地元産の素材を使っているためです。
バースデー・ディナーの主役である私は当然、11コース。そして主人は4コースを選択。
Pink Grapefruit
ピンク・グレープフルーツのムース。ほんのりブランデーかコニャックの味わい。
ダニエル・パターソン氏は、アロマテラピーと料理を融合させるという試みを始めた方で、あまりに暗い写真では
よくわからないのですが、ムースが入った容器が載せられたお皿の右空間には、ジンジャー、タラゴン、黒胡椒が
インフューズされたオイルが垂らされています。
このオイルを手首にちょこっとつけて、香りを楽しみながらムースを召し上がってください、とのこと。
こんなディッシュの出され方は初体験ですし、とてもユニークなアイデアだなと思いましたが、
私には、このオイルの香りが少々キツすぎて、香水をふりかけた中でモノを食べている感じが・・・。
Chilled Yellow Squash Soup
これは、主人が選んだディッシュ。夏の冷たいスープとして、とても爽やかで美味!
「Vadouvan」というインドのスパイスが、実に繊細なスモーキーさを出していて、ミントの風味と絶妙なコンビネー
ション。金蓮花が美しく乗せられています。
サラダと同様、スープというのは素材の新鮮さが如実に出るものであり、スパイスの選択、使い方など、
シェフの力量がこれまた鮮明に出るものだと思うのですが、本当に、このスープは素敵でした。
California Osetra Caviar
カリフォルニアでもキャヴィアは作られているのであります。
キャヴィアをどういうふうに出すのかなと興味津々でしたが、スロークックした卵の黄身と、Creme
Fraiche、
そしてチャイヴと一緒に混ぜ込んでおられました。
なるほど、卵の黄身ですか〜!と、そしてクレーム・フレーシュですか〜!と、ただただ感嘆。
写真が暗くて、本当にもったいないのですが、黄身が実に美しくボールの中で輝いていたのです。
キャヴィアを濃厚さで包み込むといった方法が素晴らしい。
Kampachi Sashimi
使われている食器が、いづれも「和」テイストなためか、フレンチ・カリフォルニア精進料理(そんな名称
どこにもありませんが)を頂いているような感じがしてきました。
大変新鮮そうなカンパチのお刺身は、白醤油、柚子、七味唐辛子がかけられていました。
生魚が苦手な人でも食べられるようにという配慮かと思いますが、柚子テイストが私には強すぎました。
もう少しカンパチそのものの風味を楽しみたかったです。
まあ、それなら日本食レストランに行ってくださいってなもんです。失礼いたしました。
白醤油は、カリフォルニア・キュイジーヌのシェフが好んで使われる調味料のようですが、
素材を黒く塗りつぶしてしまわないようにするには、とても便利なものだと思います。私も今度使おう。
Early Summer Vegetable Salad
見た目がこんなにキュートなサラダは、テーブルに置かれただけで「ヤッホー」と口にしたくなるほど。
ヤング・キャロット、プチ・エアルーム・トマト、ラディッシュ、アニス・ヒサップ(Hyssop)というグリーンが
こんもり上品にお皿の上に盛られていて、スイート・オニオンとSorrelのピューレが、そっとかけられて
います。
とてもヘルシーな、元気の良い野菜を頂いているなあと、しみじみありがたく思ったサラダでした。
Corn-Brioche Custard
コーンとブリオッシュのカスタードと言ってしまえばそれまでなのですが、この中に混ぜられている
のが、「Huitalacoche」(ウイートラコーチェ)という、とうもろこしの耳のところに生えるキノコの一種と
いうから、何者??という驚きを覚えます。
シラントロの種と葉がふんだんに使われており、このハーヴが嫌いな方はダメだと思います。
私は大変おいしく、爽やかに頂きました。
Yuba "Pappardelle"
ニューヨーク・タイムズ紙で、湯葉の特集が組まれた時、ダニエル・パターソン氏はこのディッシュの
レシピを提供されていました。
レシピといっても、湯葉を軽くゆがいて、パッパーデッレ・パスタのように切って、ミルクと野菜をあわせる、
というだけのことですが、今回頂いた時は、ミルクはミルクでも豆乳を使っておられました。
イングリッシュ・ピー、ソラマメの葉っぱ(葉っぱ!)、バジルが豆乳されていて、
湯葉の繊細な味わいが際立っていました。
この湯葉は、バークレーとサンフランシスコのファーマーズ・マーケットにブースを出しておられる店の
もので、私もしょっちゅう、そこで生湯葉を買っていますので、早速、家で作ってみようと思いました。
夏になると、ファーマーズ・マーケットでこれでもかというくらい、豆類を買い込むのですが、
そのグリーンが夏らしくて素敵でした。
Poached Local Wild King
Salmon
Liberty Farm Duck Breast
Herve Mons Tomme De Berger
Chevre "Cheesecake"
Warm Chocolate Pudding
もうこのあたりになると、食べるのに夢中で写真なぞ撮っていられませんでした。
暗すぎて、どうせ写りが悪いだろうしと、完全に仕事放棄です。
印象に残ったのは、
@サーモンのつけあわせにアルマニアン・キューカンバーが使われていたことで、フェネルとホースラディッシュによる味付けがさすが。
A鴨肉ディッシュに、カブが2種類載せられていて、姿かたちも味わいも、まったく異なるラディッシュの存在に驚き。
Bチーズケーキと言えど、そこらへんのチーズケーキとは見た目も違い、いちごのシャーベットが丸く型取られたチーズケーキの上に
覆いかぶさるように乗せられています。美味。
C最初の乾杯の時、主人が「ハッピー・バースデー」と言ったのを耳にされたスタッフが、気を利かせてくださって、
チョコレート・プディングの横に、1本キャンドルを立てて出してくださいました。心憎い演出。
ダニエル・パターソン氏のオリジナリティ、テクニック、素材の活かし方に圧倒されまくったひと時でしたが、
注文したあとも、メニューを手元に置いておいて食事しないと、一体何がどう使われているのか、素人には???の連続になるかと
思います。
借りたフラッシュライトをつけたまま、ディッシュが来るたびにメニューを見直して、なるほど〜と思いつつお食事できたことは
ラッキーでした。じゃないと、レベル高すぎてついていけなかったです。
ワイン・リストは、カリフォルニア産よりもフランス産の方が多いように見受けられました。
バースデー・ディナーだし、よ〜し、フランス・ワインでいってみよう!と、ソムリエに相談。
事前にウエブサイトで、「1996
Daniel Rion ‘Les Beaux-Monts’ Vosne Romanee」がリストにあるのを見つけ、これを頼もうと
思っていたのですが、もう売り切れてしまったとのこと。
コースの最初に、キャヴィアとカンパチ・サシミを選択するので、それに合うワインをハーフで、
そしてそのあと、Daniel Rionのものに近いブルゴーニュのピノ・ノワールを・・とお願いしました。
ソムリエ氏が選んでくださったのは、
Henriot, "Souverain" Brut Reims
NV ハーフボトル
Hubert Lignier, "Les Chafots",
Morey St.Denis 2001
お天気が良かったし、バースデー・ディナーだし、最初の乾杯用にバブルかなあと私も考えていたので、
ソムリエさんと意見が一致して嬉しかった。
Hubert Lignierの一級畑「ル・シャフォ」ものは、Earthyで、ほんのりスモーキーで、大変大人っぽい赤でした。
ディッシュすべてが、かなり繊細な味付けでしたので、それに勝ってしまわないワインとして、ナイスなマッチング
だったと思います。
それにしても、高い・・・。ワインのマークアップは、かなりのものだとお見受けしました。
Corkage Feeが1本25ドルなので、お気に入りのワインを持ち込んだ方がよろしいかと思います。
全部奢ってもらうのは悪いから、私は赤ワインの御代を払いますと宣言しておきながら、ここで食事できることに舞い上がって
しまったのか、とんでもなく高いワインを頼んでしまい、請求書を見てびっくり。
11コースのディナー($115)よりも、ワイン1本の方が高いって、それは貴女(私)が悪い。
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